富士山


ホームに入ってから
意識の半分はテンションが上がりっぱなし
残る意識の半分が底にまで落ち込んで
妙に父らしくない父になっているような…
無理もないと思いますが
新しい環境に慣れるまでは…と
ここのルールを覚えることに専念
ほかのことは何も考えられなくなっているようです


ほぼ毎晩電話をかけあっておしゃべりしていますが
あれもだめらしい、これもだめらしい…
あれは手続きが面倒、これは本部の許可待ち…
介護度は要支援1
来月には90歳になりますが
入居者はほとんどが父より若いとはいっても
車いすかやっと歩いているという人ばかり
会話もできない人たちばかりです
制限ばかりで意欲を失いつつあります
洗濯も買い物も食事も医者も自分でしなくてもいいけど
一間だけの狭い空間で薬を飲み本を読みTVだけを見る
それが生活になりました




「部屋の窓から広重の絵のような富士山が
 お天気がいいので毎日くっきりと美しく見える」
「西向きの部屋は暖かくて陽だまりの中のうたたねが心地いい」
いいこともある…でも
「この部屋であと何年生きなければならないんだろう?」
さあ、それだけは私にはわかりません


「月に一度で十分」
そんなに迷惑はかけられない
他の部屋の人にはこのひと月客が来るのを見たことがない
俺だけ客があるのは申し訳ないような気がする
変な遠慮をしていますが
3週間ぶりに連れ出しに行ったら
歩くのがまた一段覚束なくなっていました
この3週間、日に5度、部屋と食堂間しか歩いていなかったから
靴を履いて外を歩くだけで疲れたようです
買いたかった本と必要な棚を買いランチを食べて…それだけ
もうバスや電車を乗り継いで東京へ来ることはないかもなぁ…
それが急に胸に迫りました


歩けない人のケアが主体なので
歩かせることはしてくれないようです
自分で頑張らなければ…とはっぱをかけたいような
それは追い詰めるだけだろうかと思ったり


「わいちゃん夫婦が来週連れ出しに来てくれるよ」
「おおそうか! しかしせっかく来てもらっても
 何もここではおもてなしができなくて悪いなぁ」
お父さんがもてなすことはないのよ、喜んで
孫にもてなしてもらい、遊んでもらいなさいな