2021/2/6
珍しいことに夕方の忙しい時間に家電がなりました
「もしもしあたし生地のぉ…」
声を聴いた途端わぁっという勢いで
懐かしさがこみあげてきました…
田舎から兄弟が来た時の母の声のトーンでした
まぎれもない母の親戚の…数少ない生き残りだ!
「わぁМちゃん…!」
実際その電話は私の従姉のもので
年末ぎりぎりに亡くなった従兄と従姉の
逝去を知らせる電話でした
「Sちゃん、覚えてる?私たち従姉40人いたの…
もうねぇ~残っているのは三重のHちゃんと大阪のSちゃん
Iちゃんは熱海行っちゃったし、麗ちゃんはホームで
元気に話せる女は3人になっちゃったのよ…
そう思ったら懐かしくて話したくて突然電話したのぉ」
皆の名前に「ちゃん」が付いたけど…
皆70才以上の年になっている( ^ω^)・・・
彼女が東京で大学生の時私は小学生で…(9才違いだった)
彼女は卒業して富山に帰って…それから会わなかった
60年ぶりに聞く声だったのに
聞いた途端わかったのは母の声だったから…
母は10人兄弟の末だったから、
私の従姉従兄はみな当然年上で…
母が生まれた時には母の母はもうおばあちゃんで
母には同じ年の姪や甥がいた…面倒なので
その姪甥の子供たち全部含めて私の従姉兄といっていた…
皆田舎にいて東京にいたのは母だけだったし
私が物心ついた時には祖父母はもういなかったから
私は母の親戚と縁が薄い
Мちゃんは…
もうすでに鬼籍に入った伯父伯母従兄姉たちの話や
祖父母の家の話をいっぱいいっぱい堰を切った様に続けた
電話を切ったら
一人、母の姪の娘(私と2歳違い)が東京にいるのに、
もう2年も電話していないことを思い出した…
急に自分が冷たい人間に思えて…電話した
公称従妹は「電話してくれて嬉しい嬉しい」を連発してくれた
母の故郷の匂いにまみれた2時間余り!だった
墓参りもとうとう去年は行かなかったなぁ・・・